私の第二章 水中写真の始まり

そもそも、この企画の もともとのきっかけは、私が生きるのが苦しい、と思っていたから。 もちろん、生きるのは楽しいんです。


でも、 人があたりまえと思う『女性』として生きるのが苦しい。 どうにも枠にはまらない。

がんばれば枠内にいられるけど、すごいなんっか、キッツイなあ、と。


ぶっ飛んでるタイプではないけれど、 でもちょっとはみ出てしまっているんです。


多かれ少なかれ、誰でもそういうのは、あると思うのだけど。


きれいな切り口のサンドイッチから飛び出ちゃったトマトのかけらみたいな。

その飛び出したトマトを、

「あー、もー、こぼれるじゃない!」って疎ましく思うのか。


具がいっぱいだったのねー!やったね!と考えるか。


きっともともとは前者だったんです。

でも、合成写真に出会って、アート制作に関わるようになってから、後者に変わった。


生きていくということは、やはり苦しい、と思う。 でも、その苦しさがあるから、私は作品を作っているんです。

だから、この苦しさや葛藤はすっごくすごく大事にしてます。


そして、それをありえない場所で、水中にして自分が泳ぐ、という形で表現してみたんです。

水の底は、深海のようで光も少なくて、思うように泳げなくて。 息もできなくて、でも光を求めて。 空気を求めて。 何かもっと違う道があるはずだ、どうしたらいいんだろう、 手足も重くて、自由がきかなくて、どう進めばいんだろう。 でも、進みたい。なんとかしたい。

っていう、私の水中写真は、そういう写真。

そこから派生したのが、『私の第二章』なんです。


今回、応募してくれた彼女は、 水中写真がいいと言ってくれました。

そして、特に今の現状から変わりたいわけではなく、今の自分がいい、と。 でも、やってみたくて・・・!と声をかけてくれました。


もっちろん、どんな動機でもOK!!


自分自身の水中写真は、葛藤や苦しい想いから出てきた作品だけど、でも希望は感じてほしいと思っていて。 そこにプラスの感情を感じてくれたから、水中写真を・・・って言ってくれたんだと思う。

絶望とドロドロしか感じなかったら、きっと頼まないよね(^^;


自分の水中写真が常に室内を基本としていたのは、そこから出たい。変わりたい。 そういう想いがあるから。

だから、「変わりたいわけではない」と聞いたとき、

あ。そしたら、外だな。と思いました。


だって、彼女は、もう囲いの外の自由の場所にいるんだもん。


彼女がこれからも目標をもって進んでいく姿を。 人生という道を俯瞰するように。


外の水中の、そのまた外には、何があるんでしょうね。 やっぱり宇宙かな。 もしかして、そこも実は外ではなく箱庭のようなところで、 もっともっと次の外の世界を求めていくのかも・・・なんて色んなことを考えながら。




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